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大阪地方裁判所 昭和50年(行ウ)8号 判決 1976年4月30日

原告 伊藤俊典

被告 高槻市教育委員会

主文

本件各訴えをいずれも却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の申立て

一  原告の申立て

1  被告が、「高槻市立小学校及び中学校の管理運営に関する規則」第一五条に基づき、別紙目録記載の「わかる算数」(遠山啓監修、むぎ書房刊、以下「わかる算数」という。)を教材として使用する旨の各届出(以下本件各届出という。)をそれぞれ受理した処分は、いずれも、これを取消す。

2  被告は、高槻市立小学校長から「わかる算数」を教材として使用する旨の届出を受理してはならない。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告の申立て

(本案前の申立て)

主文と同旨

(本案についての申立て)

1 原告の請求を棄却する。

2 主文第二項と同旨

第二当事者の主張

一  原告の請求の原因

1  原告は、高槻市の住民であり、三人の子女(長女俊子、長男賢了、次男侵剛)の保護者(父)である。

2  被告は、「高槻市立小学校及び中学校の管理運営に関する規則」(昭和三三年教育委員会規則第二五号、以下本件規則という。)第一五条(「校長は、学年又は学級全員に教材として次に掲げるものを使用するときは、あらかじめ、その書名、定価等を教育委員会に届け出なければならない。(1)教科書と併用して継続的に学習の用に供する副読本、問題集、解説書その他これらに類するもの(2)(略)」)に基づき、本件各届出をそれぞれ受理した。

そして、現在、別紙目録記載の各小学校では、教材として、「わかる算数」を使用している。

3  しかし、「わかる算数」は、いわゆる水道方式を採るものであり、監修者遠山啓が自ら述べるように、学校教育法第二一条第一項にいう「文部大臣の検定を経た教科用図書又は文部省が著作の名義を有する教科用図書」を排除し、民間教科書を普及させ、現場教師に教育課程を自主的に編成させる運動を展開するために刊行されたものであつて、いわゆる学習指導要領、指導書に反し、同条項によつてその使用を義務付けられている(昭和二六年一二月一〇日委初第三二三号文部省初等中等教育局長回答参照)「文部大臣の検定を経た教科用図書」と相容れない性質をもつものである。

したがつて、「わかる算数」は、同条項所定の教科用図書に当たらないことはもちろんであり、同条第二項にいう「有益適切な」教材がいわゆる学習指導要領、指導書によつて定められた範囲内のものと解される以上、これに当たるということもできない。

そうすると、被告が本件規則第一五条に基づいてした本件各届出の受理は、いずれも学校教育法第二一条に反し、違法といわなければならない。

4  なお、被告は、本件各届出の受理は、行政事件訴訟法第三条第二項にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に該当しないという。

しかし、被告が、高槻市の意思を決定し、これを外部に表示して執行する行政庁であることは明らかである。

そして、本件各届出の受理は、高槻市立小学校長の届出を学校教育法第二一条に適合するものと認める被告の受動的な行政処分であり、これによつて、高槻市立小学校長は、「わかる算数」を教材として使用する権限を与えられ、その結果、原告らはその子女をして学校教育法第二一条第一項所定の教科用図書を使用し学習指導要領に基づく教育を受けさせる権利を奪われるのであるから、本件各届出の受理をもつて単なる「到達」ないし「受付」にすぎないということはできない。

したがつて、本件各届出の受理は、抗告訴訟の対象となる行政処分というべきである。

5  また、被告は、原告が本件各届出の受理の取消しを求めるにつき法律上の利益を有しないという。

しかし、原告は、行政事件訴訟法第五条、第四三条第一項に基づき、民衆訴訟として、自己の法律上の利益にかかわらない高槻市の住民という資格で本訴を提起しているものである(同法第四二条は、民衆訴訟が国または公共団体の機関の法規に適合しない行為の是正を期して一般的な利益のために認められた訴訟であることからすると、文字どおり制限的に解釈すべきものではない。)。

仮に、右主張が失当であるとしても、前記のような性質をもつ「わかる算数」は、とくに小学校低学年の児童が十分理解することができず登校を拒否するため、他の小学校に転校させざるを得なくなるばかりでなく、その宣伝方法と相まつて、教職員をまどわせあるいは自信を喪失させ、父兄に教職員に対する不信感を与えて不当な要求に走らせる等有害無益な混乱を生じさせた(とりわけ、高槻市は、新興都市であるため転入、転出をする者が非常に多いが、これらの者の子女は、従前受けていた教育と異なる教育を受けることとなり、その混乱は一層甚だしく、教育の機会均等も保障されないこととなる。)。

これを原告についてみるに、昭和四六年度、原告の長女俊子は高槻市立富田小学校第四学年に、長男賢了は同小学校第一学年にそれぞれ在学していたが、同人らが「わかる算数」に基づく授業によつて混乱をきたすので、高槻市立柳川小学校に転校させた。そして、昭和四八年度、長女俊子は同小学校第六学年に、長男賢了は同小学校第三学年に、次男俊剛は同小学校第一学年にそれぞれ在学していたが、同小学校においても、第三学年および第一学年については、「わかる算数」によつて授業が行われたため、昭和四八年一一月ごろ、次男俊剛は登校を拒否するに至り、結局、原告は昭和四九年一一月、長男賢了および次男俊剛を京都市にある某私立小学校に転校させざるをえなくなつた。

このように、原告は、本件各届出の受理によつて、その子女に学校教育法第二一条第一項に基づく教科用図書を使用していわゆる学習指導要領に基づく学校教育を受けさせる権利(自然法的な権利)を奪われたのであるから、本件各届出の受理の取消しを求めるにつき法律上の利益を有しないということはできない。

6  よつて、原告は、前記のような各裁判を求める。

二  被告の答弁

(本案前の答弁)

1 本件各届出の受理は、行政事件訴訟法第三条第二項にいう「行政庁の処分その他権力の行使に当たる行為」に該当しない。

(一) 取消訴訟の対象となる行政処分は、行政庁がその優越的な地位に基づいて法の執行としてする権力的な意思活動であつて、相手方の権利義務に直接影響を及ぼすものでなければならない。

(二) しかし、本件各届出の受理には、公権力性がない。

そもそも、学校教育法第二一条第二項は、戦前使用を認められなかつた副教材等の使用を自由化し、教員の自主的、創造的教育活動を可能にしようというものであり、これを受けて、地方教育行政の組織及び運営に関する法律(以下教育行政法という。)第三三条第二項は、教材の教育的価値または保護者の負担等にかんがみて教材が適正に使用されることを期しながら、教材の取扱いに関することは、本来、学校その他の教育機関の教職員が専門的、自律的に行なうべき教育活動の基本的事項であり、したがつて教材の選択権はもともと学校長、教職員にあるという考慮に基づいて定められたものである。

そうだとすると、本件各届出の受理は、同法第二三条第六号、第三三条およびこれに基づく本件規則第一五条によつてされたものであるが、教材を使用する権限は、高槻市立小学校長が本件各届出をしたときすでに付与されたというべきであり、これに対応する被告の行為は単なるその「受付」にすぎないから、本件各届出の受理をもつて、被告が法の執行としてした権力的な意思行為ということはできない。

(三) また、本件各届出の受理は、教材使用の適正を期するため、上級行政庁たる被告から下級行政庁たる高槻市立小学校長に対してされた行政内部の意思表示にすぎず、外部に向けて表示されたものではないから、高槻市の住民の権利義務に直接影響を及ぼすものではない。

2 原告は、本件各届出の受理の取消しを求めるにつき法律上の利益を有しない。

原告は、本件訴訟は民衆訴訟である旨主張するが、民衆訴訟は法律に定める場合において、法律に定める者に限り、これを提起することができる(行政事件訴訟法第四二条)ところ、高槻市の一住民たる資格を有するにすぎない原告に、本件訴訟のような民衆訴訟を提起することを認める法律の規定は存在しない。

(本案の答弁)

原告の主張する請求原因事実第1項のうち、原告が高槻市の住民であることは認める。同第2項は認める(ただし、別紙目録記載の各小学校では、副読本として、「わかる算数」を使用している。)。同第3項は否認する。第6項は争う。

理由

(取消訴訟について)

一  まず、被告が高槻市立小学校長から「わかる算数」を教材として使用する旨の届出を受理する行為が、行政事件訴訟法第三条第二項にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に該当するかどうかについて検討する。

一般に、行政事件訴訟法第三条第二項にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」とは、行政庁がその優越的な地位に基づき権力的な意思活動としてする行為(換言すれば、公定力を生ずる行為)であつて、個人の権利義務その他法律上の地位になんらかの影響を及ぼすものをいうと解すべきである。

ところで、教育行政法第三三条第二項は、教科書以外の教材のもつ教育的価値およびその保護者に与える経済的負担等にかんがみるとその取扱いは慎重を期すべきである(地方自治法第一八〇条の八第一項、教育行政法第二三条第六号、第三三条第一項参照)が、一方、教科用図書以外の図書その他の教材の決定権は教職員にあると解する余地が全くないとはいえない(学校教育法第二一条第二項)ため、教育委員会が関与すべきものと判断した教材の使用について事前の届出または承認にかからしめたと解すべきである。そして、本件規則第一五条は、教育行政法第三三条に基づき、「教科書と併用して継続的に学習の用に供する副読本、問題集、解説書その他これらに類する」教材は、「教科書の発行されていない教科について主たる教材として」使用される図書(本件規則第一四条)と比較すると教育上の重要性が少ないこと等から、あらかじめ、被告が学校教育法第二一条第二項にいう「有益適切な」教材にあたるかどうか等の判断、承認をせず、単に届出をしてこれを使用することができるとしたものと解される。

他方、地方自治法第一八〇条の八第一項、教育行政法第二三条、第三三条、およびこれに基づく本件規則第一四条、第一五条、学校教育法第二八条によれば、被告が、少くとも教材の取扱いに関して高槻市立小学校長の上級行政庁に当たることは明らかである。

そうすると、被告が高槻市立小学校長から「わかる算数」を教材として使用する旨の届出を受理したとしても、右受理によつて「わかる算数」を教材として使用する権限が右校長または教職員に付与されるものでないことはもちろんであり、それは、上級行政庁たる被告がその所掌事務について所管の下級行政庁たる高槻市立小学校長に対して命令を発し、これに基づいてされた届出の受付行為にすぎないというべきである。

そうすると、本件各届出の受付も、行政機関相互の行為にすぎず、これによつて原告らの権利義務その他法律上の地位に影響を及ぼすものということはできないから、行政事件訴訟法第三条第二項にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」ということはできないこととなる。

よつて、本件取消訴訟は、不適法というべきである。

(いわゆる無名抗告訴訟について)

「被告は高槻市立小学校長から「わかる算数」を教材として使用する旨の届出を受理してはならない。」という本件申立ては、「行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟」であるから抗告訴訟というべきであるが、いわゆる無名抗告訴訟(義務付け訴訟)と呼ばれるものであつて、法定の抗告訴訟と異なり、その許否については議論の存するところである。

しかし、さきに説示したとおり、被告が高槻市立小学校長から「わかる算数」を教材として使用する旨の届出を受け付ける行為は、いかなる場合においても、原告らの権利義務その他法律上の地位に影響を及ぼすことはなく、これを取消しの訴え、無効等確認の訴え等法定の抗告訴訟の対象として取り上げる価値はないのである。

そうだとすると、被告の右受付行為は、同様の意味において、本件無名抗抗訴訟の対象として取り上げる価値もないこととなる。

したがつて、本件無名抗抗訴訟も不適法というべきである。

(むすび)

よつて、本件各訴えは、その余の点を判断するまでもなくいずれも不適法であるからこれを却下し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 石川恭 増井和男 米田絹代)

別紙<省略>

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